天才醤油少女カオリ

■ストーリー

第2部 世界醤油選手権編

 世界醤油選手権編。思えばいろんなキャラクタが出てきたシリーズでした。なぜかワインバーグ教授が一番人気?


 

 
「奪取!世界からの招待状!」

 バレンタインデーの醤油ボンボンチョコレートで激怒した由季から逃げて、カオリは久しぶりに背布由寺を訪れた。だが、背布由寺はいつにも増して、ピリピリとした緊張感に包まれていた。

 いつもと空気の違う背布由寺にとまどうカオリは修行僧を捕まえて事情を聞こうとするが、誰も口を割らない。チオペンタールナトリウムを添加した「自白醤油」でようやく口を割らせると、「背布由寺に世界醤油選手権の招待状が来て、今日、その代表選手を決める大会が開かれる」と言うのだ。

 なんとしても世界醤油選手権に出たくなったカオリは、背布由寺の醤油という醤油を排水溝に流し、招待状を盗み出して、京都の溜家に逃亡してしまうのだった。

 カオリが家につくと、カオリの父、浩二がカオリを迎えて「おい、これに出ないか?どうせうちからは誰も出ないだろうから。」と言って、父は溜家あての招待状をカオリに差し出した。カオリはちょっとだけすまない気持ちになった。


 

 
「開幕!世界醤油選手権!」

1999年夏、東京ドームで世界醤油選手権が開催されると言う。主催は世界最大手食品会社キッチョーアン・アメリカ。優勝者は優勝賞金300万円の他、キッチョーアンアメリカのエグゼクティブ・フードプロデューサーとして招聘を受けることができる。

 キッチョーアンの醤油は大量生産でありながら、その品質は驚くほど高い。明らかにカオリの知らない製造法が使われているのだ。この選手権に勝てばその秘密を知ることができる。そう思ったカオリは、どんな非道な手を使ってもこの選手権を勝ち抜こうと決意するのだった。

 カオリが東京ドームで決意を燃やしているころ、予選第一試合の対戦相手、根来流忍者、根来鉄史は公然猥褻罪で警察の取り調べを受けていた。東京ドームには早くも暗雲が立ちこめる。


 

 
「遅延!栄光の開幕戦!」

世界醤油選手権の第一戦のカードが公表された。

第一回戦は「溜カオリVS根来鉄史」!!

 そして、その闘いは、開幕戦として全世界にテレビ中継されるという。なぜ表舞台に立ったことのないカオリをわざわざ開幕戦にすえるのか?不思議に思いつつも、カオリは目の前の一戦に全力を傾けることにした。

 対戦相手の根来鉄史は警察の取り調べが終わらず、まだ、試合登録もしていなかった。しかし、開幕戦を不戦勝にするわけにもいかず、とりあえず根来を待つことになった。

 遅れること45分、ようやく東京ドームに到着した根来はそのたくましい体躯を余すところなく披露する姿であった。ようするに全裸だったのだ。テレビ中継は即座に中断され、場内は騒然となった。


 

 
「吐気!忍法びるしゃな醤油!」

観客の阿鼻叫喚がこだまする中、世界醤油選手権開幕戦が開始された。熊の如き剛毛の全裸の巨漢と清廉な女子高生の対峙する姿は、ある者にとっては興奮を呼び起こす光景であったが、そのような者でも吐き気を催すような光景が展開された。

 根来が自らの両手を頭上でしっかと合わせ、全身をこわばらせて力む。すると彼の皮膚の表面にプツプツと茶色い液滴が浮いてきたのだ。その液滴の量は徐々に増え、根来の毛だらけの体をつたい流れ出した。それは正に汚泥の奔流であった。

 「見よ!生命の神秘!忍法びるしゃな醤油!」根来はそう叫ぶと桶を自らの足下に置き、股間からつたう醤油を溜め始めた。彼は体内で醤油を生成していたのだ!

 呆気にとられたカオリは日頃、店で作っている普通の醤油を作るのが精一杯であった。
そして審査。自信満々な根来に対して、顔面蒼白のカオリ。しかし、審査員達は根来の体内から出た醤油とも体液ともつかぬ茶色くとろみのある液体に手をつけようとせず、76vs0でカオリの圧倒的な勝利が告げられた。

 失意のうちに会場を去る根来。彼は帰り際、再び公然猥褻罪で逮捕され、警察で取り調べを受けることとなった。


 

 
「颯爽!女醤油士ミス・クール・ウール!」

波乱の第一戦のショックが抜けきらないカオリ。更衣室で落ち込むカオリを暖かい羊毛の布で包んでくれる女性がいた。彼女の名はミス・クール・ウールことジュディス・クレメンス・ウール。ニュージーランドから来た心優しき醤油士。カオリの第2戦の対戦相手だ。

「怯えてしまって可哀想に…でも、勝負は別。あなたがどんな状態でも全力で戦うわ」

 彼女の思いやりに奮起したカオリは、涙を拭い闘いの舞台へと足を向けるのだった。

 試合場の通路の途中に、白い土嚢のようなものが積んであった。カオリはその白い土嚢に僅かに醤油の臭いを感じ、調べようと近づいた、すると背後から「触るんじゃねぇ!」と激しい声が。振り返るとミス・クールウールが先ほどとは別人のような形相で仁王立ちしていた。一体、この土嚢はなんなのか…?謎を残したまま第2戦が始まろうとしていた。


 

 
「誤算!羊毛蔵羊毛樽羊毛醤油!」

世界醤油選手権、第2戦の開始が告げられた。オーソドックスな醤油を準備するカオリに対して、ミス・クールウールは不思議な白い樽を持ち出してきた。それこそ、通路に積んであった白い土嚢。ウール100%の「羊毛樽」だった。

 彼女の醤油はウール100%の「羊毛蔵」の中、「羊毛樽」で存分に熟成させた「羊毛醤油」だったのだ!見たことのない醤油に動揺するカオリ。

メリノー種の羊毛樽で作った、繊細な醤油!あなたは味わったことがある?」

 しかし、ミス・クールウールが樽の蓋を開けると既に醤油はほとんど残っていなかった。ニュージーランドからの輸送中、醤油がほとんどこぼれていたのだ。
それでも、僅かな残りの醤油を集めるが、醤油より羊毛が多い有様。黒く染まった羊毛を見て、ジュディスは呟く。

「もう…ウール100%じゃない…だから羊毛はダメなんだ…!」

 支離滅裂になったミス・クールウールを背に、カオリは「羊毛醤油」に少しでも恐怖を感じた自分のふがいなさを笑っていた。判定は80vs21。カオリは予選リーグ決勝戦に駒を進めた。


 

 
「叱責!二段仕込み仮面!」

いままでの対戦相手の弱さに、世界のレベルを見くびり始め、「こんなレベルなら楽に優勝できる」と控え室でうそぶくカオリ。控え室の選手達はカオリを憎々しげに見つめるも、カオリは全く意に介さなかった。

 カオリが気晴らしに外に出ると壁いっぱいに「醤油是全」の醤油文字が。その文字を綴った醤油は味の陰影、濃厚さ、風味、全てにおいてカオリを上回る醤油であった。愕然とするカオリの背後から仮面の男が声をかける。

 「どうだい?その醤油にも楽に勝てるのか?」
 「この醤油、あなたの醤油なの?」

問いつめるカオリに、仮面の男は答える

「違う。それは君の次の対戦相手、リーの第一回戦での醤油。彼はその醤油を足だけで作った。勝とうと思うなら「醤油是全」の心構えを忘れぬ事だ。」

去っていく仮面の男にカオリはなおも問いかける、

「待って!あなたは誰?」
「私の名は二段仕込み仮面。私の正体が知りたくば、自分のに聞いてみることだ…」

そう呟くと仮面の男は姿を消した。立っていたその場に醤油だけを残して…



 
「郷愁!真夏の桶磨き」

二段仕込み仮面が書き残した「醤油是全」の言葉。それこそはカオリの修行した背布由寺の教えでもあった。とすれば、二段仕込み仮面は背布由寺の出身者なのか…?

―――いまから3年前。醤油づくりの才能を鼻にかけがちなカオリは父、溜 浩二に背布由寺に修行に出された。

 ろくに修行をしなかったカオリだが、背布由寺の丸大豆和尚に「お主の醤油は豆が泣いておるな。作りが荒い。ほれ、例えば火入れの温度は3℃は高い…それから…」丸大豆和尚に次々と至らぬ点を指摘され青ざめるカオリ。カオリはその日から修行僧に混じって、真面目に修行に精を出すようになった。

 ある夏、一人、桶磨きに勤しむカオリの前に和尚が現れて、醤油の道を説いた。「醤油とは森羅万象だ。人間の営みの全てを費やしてもまだ足らぬ。カオリよ、醤油には全てを注ぎ込め。わずかたりとも手を抜いてはならぬ。醤油是全じゃ。ふぉふぉふぉふぉ。」

丸大豆和尚の言葉を思い出し、自信を取り戻したカオリは強敵リーの待つ試合場へ足を向けた。

「これで勝てたら、和尚のおかげかな…それとも二段仕込み仮面のおかげかな…!?」


 

 
「魔幻!震烈宝玄醤!(前編)」

世界醤油選手権、予選リーグ決勝戦!対戦相手は恐るべき実力で予選リーグを勝ちあがってきた香港一級醤油士リー・シャオヘイ!彼は競技場に棺桶を担いで現れた!

「クククク…そろそろ本気で作らせてもらうぜ!俺の舌が乾いてきちまったからなぁ!ケケケケ!」

リーが棺桶を開けるとそこには100年は経とうかというミイラが入っていた!
リーはミイラと棺桶で醤油を作ろうというのだ!

「このミイラに最高のが宿っているのサ!キサマラ日本人には思いもつかぬ醤油だろうよ!これこそ震烈宝玄醤!

 さすがに度肝を抜かれるカオリ。徐々にできあがっていく「震烈宝玄醤」の香りだけで審査員は恍惚とし、脳軟化症になってしまった!初めて出会う強敵にカオリは為すすべを見失う!

「このままでは負けてしまう…でも、負けたくない…」

追いつめられたカオリは禁断とされた「暗黒大豆」を使うことを決意する!

「私は…醤油のためなら悪魔にもなる!そうでしょ!和尚!」


 

 
「魔幻!震烈宝玄醤!(後編)」

世界醤油選手権、予選リーグ決勝戦、リーの震烈宝玄醤が審査員の目の前に並べられた。審査員たちが震烈宝玄醤を一舐めすると、目つきが凶悪になり、空き缶を分別せずに捨てる、互いの審査員席にブーブークッションをおくなど悪の限りをつくすようになった。

「ククククク、人の心をで蝕む!これぞ震烈宝玄醤!」

前代未聞の人のを操る恐るべき醤油!その圧倒的なインパクトにほとんど決着はついたかに見えた。

しかし、カオリが暗黒大豆を使った「罪人大醤油」を出すと状況は一変した!「罪人大醤油」を舐めた審査員達の顔はより凶悪になり太平洋の火山無人島に秘密アジトを建設する計画を練り始めたのだ!

審査員が審査を放棄した波乱の決勝戦。判定がつかないまま引き分けに終わるかと思われたが、観客による一般投票によりスケールの大きい悪を表現したカオリに軍配が上がった。

東京ドームの柱の影では、二段仕込み仮面がその決着を静かに見守っていた。

「ふ…まさか暗黒大豆にまで手を出すとはな…だが…豆に頼っているようでは…まだまだたどり着けまい…高見を目指せ!カオリ!」


 

 
対峙!非道醤油士ラディ対正義醤油士チョウ!

リーとの勝負で危機感を取り戻したカオリはほかの予選リーグの試合を見学することにした。決勝戦第一回戦カオリの相手となるBグループの決勝戦は韓国の熱血正統醤油士チョウ・カンファ対サウジアラビアの非道醤油士ラディ

 テコンドーの道着にミフィーのアップリケとただ者ではない雰囲気を醸し出すチョウ。方やアンダーグラウンドな臭いを体中から発散する危険なラディ

試合開始直後、ラディは突如観客に向かって絶叫した

タブーにしばられている限り、醤油の新しい可能性は見えてこないのだ!!」

ラディはいきなりヘロインの皮下注射を行いトリップを始めた。係員が止めようとするもラディは包丁を振り回し、近寄らせない。目のイッてしまったラディが叫ぶ

正気ヲ失ってコソsy−ユのミライガ!!キコカガカキアカ!!!」

その声はの声とも機械の声ともつかぬ不気味なものであった。

チョウの勝ちは決定的かと思われたが、チョウはマイクを奪い宣言した

「ラディ君が正気を失っている以上、この試合、フェアな勝負とは言い難い!」

 確かにその通りだ。さすがに正義の醤油士チョウ・カンファだ。と安堵のため息が会場を包む、だが彼の次の台詞は会場を驚愕させた。

「従って、私も正気を失う!それでこそ正々堂々とした勝負といえるだろう!」

チョウはラディの注射器を奪い自らの腕にヘロインを打とうとした!しかし、打つ前に係員に止められるチョウ。

「はなせ!私は彼と正々堂々とした勝負がしたい!」

結局、ラディは麻薬取締法違反で逮捕、失格となり。チョウが決勝トーナメントへ進出することになった。

カオリはわざわざ見に来たことをちょっとだけ後悔するのであった。


 

 
正道!カオリ対チョウ!

ついに世界醤油選手権、決勝トーナメントが始まった。第一回戦の相手は正義の醤油士チョウ・カンファ。あからさまに熱血な彼の醤油は正統醤油そのもの。チョウはカオリに宣誓する。

「カオリ君!お互い悔いの残らない醤油を作ろう!」
わりと乗せられやすいカオリは受けて答える「望むところよ!チョウさん!」

そして珍しくも当たり前な醤油バトルが展開された。お互いの醤油を全力で作るカオリとチョウ。美しい両者の動きに観客は惜しみない拍手を送る。素材、手際、道具どれもが拮抗していた。

「ふふふ、久しぶりに楽しい勝負だ。やるな!カオリ君!」
「貴方もね!」やはり、カオリはかなりのせられやすい性格だった。

世界醤油選手権のベストバウトとも言える戦い。審査員達もカオリの実力に初めて気づき、姿勢を正して審査に望んだ。チョウの醤油は大胆不敵、かたやカオリの醤油は繊細無比。両者違いはあれど甲乙つけがたい醤油に審査員は頭を悩ます。

勝負を分けたのは醤油さしだった。チョウの醤油さしは大胆不適な味わいに似合わないキティちゃんの醤油さし。しかも目から醤油がでるタイプのキティちゃん醤油さしだったのだ。

チョウの醤油は演出面に問題があるとして、審査結果は89対84。カオリは辛くも勝利をつかむのであった。



 
幕間!地下廊下の別離と邂逅

僅差でチョウに勝ったカオリは、チョウに話しかける

「ありがとう。チョウさん。久しぶりで本気の醤油が作れたよ。背布由寺の修業を思い出しちゃった」

チョウが白い歯を見せて答える
「なるほど、背布由寺の…では、また会うこともあるでしょう。ひとまずさようならです。カオリ君。その時までこれを…」

そう言って彼は醤油さしをカオリに握らせた。それは、彼が決勝戦で使うと心に決めていた醤油さし目と鼻とケツの穴から醤油がでるタイプのキティちゃん醤油さしであった。

チョウと別れ廊下を進むと、細身の紳士がカオリに握手を求めてきた。夏だというのにピッチリとしたダブルのスーツ。不思議と存在感のある紳士がカオリに語りかけた

「すばらしい死合でした…ミス・タマリ。ティーンの可愛らしいレディがここまでの醤油を作るとはね。驚きです。是非貴方に伺ってみたかったのですが…貴方にとっての醤油の定義とはなんですか?」

いきなり突拍子もない質問をされたカオリは一歩引いて
「そ…そんなこと考えたこともないよ…」と答える

「なるほど…それが貴方の強さの秘密ですか…個物の前の普遍を知覚せず…実時間、虚時間を導入した場合、醤油解は常に厳密な解ではないですからね…なるほど…あなたは既に8次元空間での醤油考察に成功しているようだ…なるほど…」と紳士は妙に納得したようで呟きながら去っていった。

「ふう、こんなに暑きゃ、オカシな奴もでてくるよね。」とカオリも納得し会場を後にするのであった。


 

 
緊迫!ノーベル賞を蹴った男ワインバーグ!

世界醤油選手権、準決勝の朝早く、カオリは選手用ホテル「キッチョーアン・ロイヤル」で目覚めた。廊下がいやに騒がしいのだ、表にでてみると廊下は数多くの報道陣でごった返していた。

事情を聞くと、今年のノーベル物理学賞受賞者がこのホテルに泊まっているという。報道陣をかき分け前にでてみるとそこには昨日会場で握手を求めてきた紳士の姿が!彼こそが世界最高の物理学者、フィリップ・ワインバーグ教授

ノーベル賞受賞の知らせを受けたワインバーグ教授は不機嫌そうに浴衣の帯を直しつつ、並み居る報道陣に言い放った。

「ノーベル賞?くだらん権威に用はない。謹んで辞退させていただく。犬にでもくれてやってくれたまえ。それより私は醤油の仕込みにいかねばならん、すまんが道をあけてくれんか?」

そう彼こそ、カオリの準決勝の対戦相手フィリップ・ワインバーグ教授だったのだ!

報道陣がヒステリックに問いかける

「物理学より醤油を取るのですか!?」
「当然だ!私にとって物理学はすでに終わっているが醤油は始まったばかりだ!」

ワインバーグ教授はそこまで言うとカオリに気づき、声をかける

「やぁ、昨日は失礼した。今日は思う存分、私の醤油理論を堪能してもらうよ。」
教授の目には真の強者のみが持つ力強い光が宿っていた。

学校の勉強がなによりも嫌いなカオリはノーベル賞の肩書きに気圧され顔色をなくしていた。カオリは世界最高の頭脳にどう立ち向かうのか?


 

 
鮮烈!醤油統一理論!

世界醤油選手権準決勝。会場はいつになくにぎわっていた。ノーベル賞を蹴った男、ワインバーグ教授の姿をカメラに収めようと、醤油雑誌の編集者のみならず一般のマスコミが大挙して押し寄せていたのだ。

 世界最高の頭脳とうたわれたワインバーグ教授の作る醤油とはいったいいかなる醤油なのか?会場の期待を一身に集めるワインバーグ教授は数万の観衆の視線を涼しげに受け流し、たたずんでいた。

かたや顔色をなくして入場するカオリ。そんなカオリにワインバーグ教授が語りかける。

ミス・タマリ。私が完成させた醤油統一理論を存分に楽しんでくれたまえ」

ついに緊迫の準決勝戦が開始された。なんとか最高の醤油を作ろうと、今まで身につけた技術の全てを出そうと焦るかオリ。だが、その動きには明らかにいつものキレがなかった。それを悠然と見つめ、醤油を作ろうともしない教授にいらだったカオリは吠える。

「教授さん!とっとと醤油を作ったらどうなの?お題目だけでは醤油は作れないってこと教えてあげるから!」

「お題目だけで…醤油は作れない?ふっ。それは間違っているよ。ミス・タマリ」

そう呟くとワインバーグ教授は会場の影から雛壇を持ち出し会場の中央にすえた。

「お題目いや論理で醤油を作ることは可能だ。私はそれに気づいた。それが我が醤油統一理論!醤油こそが全ての事象の因果となっている…」

教授は言葉を切り、スッと息を吸い込んだ。そして、ワインバーグ教授が雛壇を力強く叩く

「つまり、古典構成的還元主義の排除に成功しさえすれば!この世の全て!この机すら醤油と言えるのだ!」

そうして教授はマホガニーの重い雛壇を審査員席に投げ込んだ。

「すなわち、これが私の醤油だ!受け取れ!」審査員席に怒号と悲鳴が飛び交う。


 

 
深淵!醤油の真理を誰ぞ知る

そして、審査が始まった。審査員席にはマホガニーの雛壇とカオリの醤油が並べられた。審査員は雛壇を唖然と見つめながら口々に言う

「しかし…これは…醤油ではありませんしなぁ。

投票結果は77対0でカオリの勝ち。カオリはついに決勝戦に進むことになった。

「やっぱり…お題目で醤油は作れないじゃない…」カオリはどっと疲れを感じてその場にへたりこんだ

方や惨敗に気を落とすこともなく控え室に戻るワインバーグ教授。誰もいないはずの控え室には仮面をかぶった男が待っていた。仮面の男は拍手しながら教授に語りかける

「教授。いかがでしたか?」

軽くため息をつく教授。「まぁ、予想通りではあったが…やはり…」

そして、教授と仮面の男は同時に声を発した

『人類に醤油はまだ早すぎる』

教授は仮面の男が自分と同じ台詞を発したのに気づき愕然とする

「そ…それは…」

「イノリ・コバイツスキーの遺言を知っているのは貴方だけではありませんよ。教授。ですが、見事な演説でした。さすが世界最高の頭脳と言われるだけのことはある。私のスタッフに加わっていただきたいほどです。ですが、私のところは「3人」と決まっていますのでね。残念です。」

「君は一体…」

「私は二段仕込み仮面。今のところはね…。ふふふ。またお会いしましょう。教授!」

閃光が走ったかと思うと、すでに仮面の男の姿は消えていた。彼が立っていた場所に一つの桶だけを残して…


 

 
一撃!アスリートの本気

激闘続く世界醤油選手権も遂に決勝戦。決勝戦は天才女子高生醤油士カオリと近代醤油士の代表格、フィンランド代表、ヨハン・カクネン。

 伝統醤油士と言われる保守的なアジアの醤油士達と、科学的な醤油づくりを指向する革新的な欧米の近代醤油士とは折り合いが悪い。その近代醤油士エース、ヨハンと伝統醤油士の若きヒロインとの闘いという構図もあって、会場の興奮は頂点に達しようとしていた。

 軽快なショウユビートのリズムに乗ってカオリが入場。しかしヨハンは現れない。開始直前になってもヨハンの姿は見えず、場内はどよめく

 決勝戦開始時刻正午、東京ドームの天井を突き破って数十本のが降ってきた。槍が東京ドームの堅いグランドに次々と突き刺さる。そして、ヨハンは陸上選手のようなコスチュームで会場に現れた。

そう、彼は槍投げの元ゴールドメダリスト、天井から降り注いだ槍は彼が外から投げたものだったのだ!一体、わざわざ槍を投げることに何の意味があるのか、その意味不明かつ危険な行動にいらだつカオリ。

「過去の栄光に浸ってないで、早く来なさい。叩きつぶしてあげるから!」
「わかっていないようだな…君は知るまい!フィンランドの醤油を!
知らないわよ!そんなもの!とっと来なさい!」

売り言葉に買い言葉、両者の険悪なムードに場内はさらに燃え上がる。


 

 
秘奥!緋走醤油!

 カオリは大会に出る前に父、溜 浩二に約束をしていた。溜家の秘醤油は決勝戦まで使わない。と。カオリは幼い頃から勝手に溜家の家宝「全醤五巻」を読み、溜家の秘醤油をマスターしていた。そのうちの一つ「緋走醤油」。炎をまとってできあがる緋色の醤油だ。カオリはその秘醤油を作ろうというのだ。

カオリは着々と醤油づくりにせいを出すが、ヨハンは腕組みしたまま立っていた。時間は過ぎ、カオリは仕上げにはいる、秘伝の火入れを行い、カオリの樽に緋の炎が雲雨を得た蛟竜の如く巻きあがる。その美しさに観客は一言も声を発することができない。

 試合時間が終わる間際になっても、ヨハンは動かなかった。見事、緋走醤油を作ることに成功したカオリはヨハンを挑発する

「伝統の技を出すまでもなかったようね。コンビニの醤油でも出した方が良かったかな?」

「君は…わかっていないようだな…見たまえ、私の醤油は最初からここにある」

そう言ってヨハンは試合開始前に投げた槍を引き抜いた!その槍の穂先は透明な深い紫色だった。そう、彼の槍の穂先は硬い醤油でできていたのだ!

「これこそフィンランドの寒さがつちかった、ダイアモンドより硬い「硬醤油」!君達伝統派には思いつきもしまい!」

そんな醤油を思いつきもしなかったカオリは僅かに動揺する。だが、もうここまできたら自分の醤油を信じるしかない。
カオリとヨハンは最後の審査にのぞむ。


 

 
決着!世界醤油選手権決勝戦

 世界醤油選手権、決勝戦審査。場内は最高の緊張に包まれていた。若き伝統醤油士のヒロイン、カオリの伝統の粋を尽くした「緋走醤油」と近代醤油士のエース、ヨハンの独創的な「硬醤油」

両者はほとんど互角に見えた。

しかし、決着はあっけなくついた。ヨハンの「硬醤油」は硬すぎて飲めないばかりか舐めても何の味もしなかった。さらには鋭利な端面で審査員達の口はだらけになってしまったのだ。審査結果は96対10。当たり前と言えば当たり前の結果だが、ともかくもカオリの勝ちであった。

 遂に優勝したカオリ。そして、華々しく閉会式が行われた。カオリを次々と讃える醤油戦士達。喧噪と祝福の中、カオリは一時の休息を味わっていた。これから始まる大スペクタクルを知ることもなく…

東京ドームの影で、一人の男が呟いていた。彼の名は二段仕込み仮面

「いよいよ本番だ…我々は…人類は…醤油を知らなければならない…!!」

いずれにせよ根来は公然猥褻罪で未だ水道橋警察署に拘留されていた。


 

第2部・完

 


 

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