嘘書籍探訪
『地獄の辞典』
 著・コロン・ド・ブランシー
嗚呼!現代に生きる君よ!
君は地獄の実態を知らざるか!

地獄には帝国があることをご存知だろうか。その名を地獄帝国という。 そしてその帝国には宮廷がある。地獄宮廷である。

  地獄宮廷には大臣がいる。大使がいる。大判官がいる。 地獄大臣に地獄大使に地獄大判官である。

 それだけではない。地獄宮廷には支出会計官もいる。厨房長もいる。パン管理長もいる。すなわち地獄支出会計官メルコムに地獄厨房長ニスロクに地獄パン管理長ダゴンである。

  そんな楽しげな地獄帝国の実情を事細かに教えてくれるのが このコラン・ド=プランシー著『地獄の辞典』である。 一瞬、あの名高い「悪魔の辞典」の類似品かとも思うがそうではない。 純粋に地獄、悪魔、怪奇にまつわる諸々を書き記した 正に「地獄の辞典」なのである。

  1863年に書かれたこの本は、私に新たな価値観、悪魔観を もたらしてくれた。私はいままで悪魔は徹底的に「悪」だと思っていた。 すなわち眉をひそめ耳を疑う悪辣無情残忍無比な行動と精神。 それこそが悪魔なのだと思っていた。

  だが、真実は違った。悪魔も結構良いヤツなのである。 例えば、地獄の議長にして、50の軍団を率いる第二階級の魔神「ブエル」はこんなやつである。

「星か車輪のような5つの足を持ち、自ら転がりつつ前進する。 哲学、論理学と薬草の効用を教え、良い召使の紹介と、病人の健康回復を得意とする。」

  意外と博識なだけでなく、良い召使の紹介や病人の健康回復などと実務的な事までこなしてくれる地獄の議長「ブエル」、なんだか良い人そうではあるまいか。 大きな馬に乗り、鋭い槍を持つ地獄の騎士にして大総裁「フォルカス」 はどうだろうか。

「薬草や宝石の価値を知り、論理学、美学、手相術、火占術、修辞学を教えてくれる。人間を透明にしたり、器用にしたり、雄弁にしたりもする。失せ物探しや宝探しも得意とする。」

  やはり大総裁らしからぬ「失せ物探し」や「宝探し」といった小技が良い人っぽさをかもし出しているような気がする。 その他にも人間を信じがたい速度で国から国へと移動させる 地獄の公爵「マルティム」、工芸品の知識を与える地獄の大総裁 「マルバス」、地獄随一の詭弁家にして百戦錬磨の理論家で ありながら、その姿は鳥のかぶり物をかぶった中年紳士にしか見えない上級魔神「カリム」となんだかどこか間抜けで珍妙な方々が多い。

  どうもマイナーな悪魔にはこのような珍妙なものが多いのかと思い、よりメジャーな悪魔も調べてみた。昔、どこぞの漫画で読んだ「アモン」はどうだろうか。

「アモン…地獄帝国の有力な大侯爵、口から炎を吐き…(中略)… くちばしからは鋭くとがった犬歯がのぞく。魔神の王族の中でも最も強靭」

うむ。悪魔はこうでなくてはならぬ。やはりその怪異な容貌と圧倒的な力で人間を畏怖させなければならぬ。それが悪魔の勤めといえよう。 しかし、続いて以下のような記述があるとアモンの恐怖を疑ってしまう。

「(前略)…気が向けば仲たがいした友人の仲裁も買って出る」

地獄帝国の大侯爵アモンもかなり良いヤツのように思えて仕方がない。
ならばかの有名な地獄の王「ルシフェル」の項をめくってみる。

 「魔術師達の見解では東方を治める精霊の名とされる。ルシフェルを呼び出すのは月曜日、中央に彼の名を記した円陣の中にあられる。 なにかしてもらったら御礼はハツカネズミ一匹でよい。」

 地獄の王もわりと無欲な良いヤツなのではないだろうか。 余談だが、あるサバトではルシフェルは灰色の服に青い靴下とリボンつきの 赤い半ズボンをはいていたそうである。

(後日談)
この本を教えていただいたなんしぃKIMさんに衝撃的なことを教えていただいた。この本は抄訳だというのだ。言われて後書きを見てみると確かに「原著の十分の一の抄訳」と書いてある。

言っておくが、この本だって文庫本にしては膨大で、実に500ページ近い分量だ。この10倍の記述…目も眩むとは正にこのことだ。


書籍データ
署名「地獄の辞典」 著者・コロン・ド=ブランシー
訳・床鍋剛彦
  出版社 講談社 ISBN4-06-256231-6
  販売価格1200円(税別)
  嘘 度:★★★★ 
  笑 度:★★★★
 入手易度:やや容易(大型書店かネット販売で購入可)

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