嘘書籍探訪
『どこかにいってしまったものたち』
 著・クラフト・エヴィング商會
丁寧な奇想。精緻な郷愁。
豊かな幻想に遊べ。

珍しく女性にも堂々とオススメできる嘘書籍。

「地獄の辞典」「別役実の人体カタログ」「当世病気道楽」には目をそむけたお姉さまでもこの本なら大喜び間違いなしだ。

 筆者(製作者?)はクラフト・エヴィング商會。不思議なものを取り扱いつづけてきた三代続く架空の商會で、創業者は吉田傳次郎氏。

 この本は、クラフト・エヴィング商會が明治〜昭和初期にかけて取り扱ってきた商品の目録で、今はもう存在しない不思議なものたちの解説書や、収まっていた箱、紹介記事を写真で紹介している。そのどれもが不思議で、郷愁を誘い、どこか笑いを誘う。文章よりは写真が主体で見ているだけでも綺麗で楽しい。

 とにかくそのノスタルジック度は非常に高く、ノスタルジックの大盛りにノスタルジックの紅しょうがを乗せたような勢いだ。

この目録で、私のお気に入りのものを並べると…

・硝子蝙蝠
硝子の中の蝙蝠が重力の弱い地点を判別し、使用者は重力の戒めから解き放たれ天井に立つが如き倒立を可能とする。
・アストロ燈
大いなる闇を作り出す懐中電闇灯。 足元を照らすと自然な幽霊になれる。
・水蜜桃調査猿
猿の自動人形が「水蜜桃」の食べごろを判定し、皮むきまでしてくれる装置。ただし、猿の自動人形はぜんまい式でしよう前には85個のぜんまいを巻かなければならない。  

 これらの不思議さもなかなかのものなのだが、奇想幻想に慣れた人から見れば「ドラえもんとかわらないじゃん」と言うことになりかねない。「アストロ燈」なんてそのままのがドラえもんにあったような覚えがある。

 だが、心配ご無用。この本の真価は恐るべき程のディティールの精密さとそれがかもし出す空気にある。

 例えば、「硝子蝙蝠」ではその解説書、新聞記事が当時の文字を用いた作品として示される。そのもっともらしさは唸るほど。倒立した紳士の挿絵には思わずクスリとさせられる。

 「アストロ燈」ではその化粧箱、当時商品と一緒に配布された小冊子が紹介されており、小冊子には「アストロ燈」の愉快な使い方やら、「アストロ燈」の図面やらが掲載されいる。図面などはモデルチェンジ毎に異なるという懲りようだ。

 「水蜜桃調査猿」に至っては、その新聞記事、調査猿の各部説明、さらには昭和初期のユーザーサポートとでも言うべき「調査猿の敗北について」、圧巻は85個ものぜんまいの詳細な説明、そしてさらには85個のぜんまいの巻き方が記されたページだろう。

4.いよいよ第七十五ゼンマイより第八十四ゼンマイを巻きます。修練を重ねたる後、自信を持って巻きませう。

こんな感じで数ページにわたってゼンマイの説明が書き記されている。

「どこかにいってしまったものたち」はとにかく、異常な程、ディティールが丁寧に丁寧に作りこまれている。そう、クラフト・エヴィング商會を一言で表すなら、「丁寧」でしかありえないと思う。

近頃、私たちは丁寧な創作物を見る機会が少ない。テレビを見れば、芸の無いアナウンサーのどたばたした生中継。素人芸そのままのコント。やっつけ仕事だらけで日本語すら怪しい雑誌。安直な模倣を繰り返しそれでも人気を博す少年漫画。

 Webは言わずもがなだ。直接的な表現と手軽さとよくわからない仲間意識だけで成り立っている素人創作であふれており、その至らなさを恥じる文化など存在しようもない。しかし、本来、人を捕まえて自分の創作に付き合わせようと思ったら、それなりの覚悟と礼がいる。

 そういった折り目正しい、クソ真面目な態度をどう思うかは人それぞれだが、そういう折り目正しい態度で作られた作品はやはり質が違う。面白い。

 Webのページなんてどれも大して面白くない。もっとちゃんとしたものが読みたいんだ…そう感じている贅沢な方は2400円をはたいてこの豊かな奇想の世界に遊んでみてほしい。2400円はちょっと高いかもしれないが、贅沢代としては格安だ。


書籍データ
署名「どこかにいってしまったものたち」 著者・クラフト・エヴィング商会
  出版社 筑摩書房 ISBN 4-480-87292-2
  販売価格2400円(税抜)
  嘘 度:★★★★★ 
  笑 度:★
 入手易度:やや容易(大型書店かネット販売で購入可)

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