嘘書籍探訪
『道具づくし』 著・別役 実
くだらなさと高尚のハイブリッド。
絶妙のもっともらしさに酔え。
 以前、大和書房から出ていたのが、このたびハヤカワ文庫としてめでたく文庫化。しかも新編3編追加してのリニューアルとなんともありがたいサービスぶり。

 昔は入手が難しかったんですが、今ならハヤカワ文庫がちょっとした数置いてある本屋なら入手できますし、ネット本屋でも在庫があるので3〜5日程度で入手可能です。いい時代だねぇ。奥さん。

さて、この「道具づくし」は一言で言うと『民俗学のパロディー』だ。

 「はなじごく」「ゆびいれ」「おいとけさま」「みがきおび」と言った、聞いたことがあるようなないような微妙な「道具」ついて、筋は通っているが、抱腹絶倒、意味不明の解説が書き加えられている嘘民俗学とでも言うべき「道具」に関するづくしシリーズだ。

 氏の「づくしシリーズ」は「虫づくし」、「けものづくし」、「鳥づくし」、「魚づくし」、「人体カタログ」や「日々の暮らし方」…と比較的我々にもなじみが深い対象が多く、かろうじて虚実の境を見出すことができるのだが、民俗学の虚実なんて素人にはとてもわかるはずもなく、その虚実困惑度は「づくしシリーズ」随一といえるだろう。

民俗学にはただでさえ、何だか嘘っぽいところがつきまとう。

 「道具づくし」で挿絵にも使われている「和漢三才図絵」には、「くろんぼう(黒人)」のスリランカ・コロンボ(崑崙)が語源だという珍説が載っているそうだ。

 「按ずるに、今も亦た阿蘭陀船の中、乗り来たる所の人身黒漆の如くなる者有り。俗に呼んで黒ん坊と曰ふ。其の身軽捷にして能く檣上に走る。蓋し久呂牟(クロンボ)とは崑崙(コロンボ)の唐音なり。坊とは無髪の人の通称なり。」(和漢三才図絵)

 そんなこと言われたって、素人には本当か嘘かはわからない。「本当かよ」とも思うのだけれども、江戸時代の人にそんなことをもっともらしく言われたら信じるしかないではないか。民俗学にはなんだかそんな奇妙な説得力がある。別役氏はこの民俗学にまつわる奇妙な説得力を加速させてくれる。

例えば、かの「徒然草」、本来、「とぜんそう」と言う幻覚作用のある植物で、吉田兼好はこの草の幻覚に襲われながら「徒然草」をなしたのだと言う。

 [とぜんそう]
 「雅号を《つれづれぐさ》と言う。吉田兼好の「徒然草」は、これに拠ったものである。吉野から紀州へかけての山中に自生する多年草で、夏の終わりにセイタカアワダチ草に似た黄色い花をつけ、開花後刈り取って乾燥させると強い芳香を発し、これには幻覚作用があった。つまり、この乾燥した束を室内に吊るし、芳香の中で幻覚に襲われ、夢とも現ともつかぬ間をさまよう状態を「つれづれなるさま」と言ったのである。

そして、かの有名な一文、

 「つれづれなるさまに、日ぐらしすずりにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」

は、

 「《とぜんそう》の乾燥した束を室内に吊るし、その芳香の中で夢とも現ともつかぬまま、一日中すずりに向かって、なんとなくあれこれと書きつづっていると、そのうち禁断症状がはじまって、ひどく苦しくなってくるなぁ。」

という意味なのだそうだ。なんと言う説得力。

私はうっかりと、かなり納得してしまった。

「道具づくし」はその虚実混沌の巧みさ、論理構築力、無駄な説得力どれをとっても一級品だ。しかし「道具づくし」本当のすばらしさはそんなところにはない。

「道具づくし」の恐るべきところ。それは「あまりにもくだらないこと」を、堂々と書いてしまうところだろう。

私が「道具づくし」で最も衝撃を受けた一文。それはやはり「うどんげ」の書き出しである。本来、皆さんに本を取っていただいて、生の文章を読んでいただきたいのだが、この「うどんげ」だけは引用させていただく。
私が震撼した、「うどんげ」の書き出し。それは。

[うどんげ]
「うどんに生える毛のことである。」

あまりにもくだらなくて、私は本を落としてしまった。


書籍データ
署名「道具づくし」 著者・別役 実
  出版社 早川書房 ISBN 4-15-050247-1  販売価格 620円(税抜)
  嘘 度:★★★★★ 
  笑 度:★★★
 入手易度:2001年1月文庫化のため入手容易

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